福井県は悲運の将が多い?-新田義貞-
208 view
スタッフ名:杉森
こんにちは!
もう止まりません。ドジャース大谷選手。38号、39号2試合連続となるホームラン。この本塁打を含めると年間50本塁打のペースになるそうです。でも、忘れてはいけないのは今シーズン手術を受けて迎え、シーズン前半には通訳の方のスキャンダルが有り、順風満帆のシーズンスタートではなかったにもかかわらずこの成績。もはや”怪物”と言っても過言ではない今日この頃、如何お過ごしでしょうか。
スタッフの杉森です。
今回ご紹介するのは「燈明寺畷新田義貞戦歿伝説地」です。まず「新田義貞」とは、足利尊氏、楠木正成らと共に鎌倉幕府を倒した源氏方の御家人です。倒した後は、足利尊氏と対峙し一時期九州まで押し込みましたが、尊氏に”義貞追討の院宣”をうけ”湊川の戦い”で敗走
越前(現在の福井県)で再起を図りましたが”藤島の戦い”で不慮の死を遂げました。
”燈明寺畷新田義貞戦歿伝説地”仰々しい名前ですが、割と小さな社が立っている静かな場所です。
義貞の最後は、斯波側の城・藤島城を包囲している味方の士気を上げようとわずかな手勢で城へ向かいう途中、運悪く敵と遭遇し眉間に矢が刺さり、あっけなく戦死しました。それでこの地を新田塚と呼ぶ様になりました。
この地では、それを証明するかの様に”新田義貞の兜”が発見されています。
この何気ない水田で戦いが繰り広げられていたと想像すると、ロマンを感じます。
今回は以上になります。一度は勝利目前だった「新田義貞」。ですが、「義貞追討の院宣」ひとつで敗軍の将となってしまい、ここ新田塚で打ち取られました。もしかして越前の国は朝倉義景、柴田勝家、大谷吉継等、悲運の将を生み出す場所だったのかもしれません。そんな事を考えると少し寂しくなりますが、実際の場所は落ち着けるいい場所なので、福井県にお寄りの際には一度行ってみてください。もちろん、休暇村越前三国もお待ちしております。
「燈明寺畷新田義貞戦歿伝説地」 福井県福井市新田塚町605 休暇村越前三国より車で約50分