全国トップクラスの学力の礎か?②-日下部太郎・グリフィンス-
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スタッフ名:杉森
全国トップクラスの学力の礎か?①-日下部太郎・グリフィンス-
こんにちは!
遂に北陸新幹線の開通が一ヵ月を切りました。ニュースでは敦賀駅、金沢駅で一番電車の切符を求め長蛇の列ができたと報じられていました。寒い中、先頭の方は18時ごろから並んでいたそうです。以前はあまり北陸新幹線に興味が無く、"あ、福井にも新幹線が来るんだ"としか思っていませんでしたが、近づくにつれ、やはりウキウキしてきました。乗る機会があれば、新幹線に乗って旅行に行きたいと思う今日この頃、皆さんいかがお過ごしでしょうか。
スタッフの杉森です。
今回は前回の続き"全国トップクラスの学力の礎か?②-日下部太郎・グリフィンス-"です。ご紹介できなかった「グリフィス記念館」をご紹介したいと思います。「グリフィス記念館」は「グリフィス」が福井に居住した時の建物を再現したものです。
玄関から中に入ると「グリフィス人形」が出迎えてくれます。この建物は、「グリフィス」たち外国人教師の居住用に建てられた鮮やかなライトグリーンの家屋は、デザインにおいても明治初年という時代を映しています。ベランダやポーチと海鼠壁(なまこかべ。瓦の目地に漆喰を盛った外壁)を組み合わせた、和洋の建築技法・意匠の混然とし、その外観は、19世紀なかばの急速な西洋文化流入の中で、石・煉瓦造の知識をまだ十分持たない日本の職人が、持てる技術と溢れる創意によって生み出した工夫に満ちています。もう少し年代が進むと、本来の西洋建築の様式に則った「洋館」が主流となるため、失われた日本各地の様々な独創的「擬・洋風」建築物は稀で、全国的に幻の建築といえます。
生来の真面目な性格と、新日本の発展に寄与したいという使命感から、契約上の科目だけでなく、もてる幅広い知識・教養を学校の内外で精力的に伝えようとする「グリフィス」は、藩士の深い信頼を得ました。
武家屋敷に仮住まいしていた「グリフィス」が、新居に移ってから暮らした期間は4か月ほどですが、それは幼い生徒たちが何人も同居するにぎやかな家でした。
建物内には、「グリフィス」と「日下部太郎」の額が掛けてありました。近づくといきなり喋りはじめ、かなりびっくりさせられました。自己紹介風に語り始めたので、慌てて写真を撮りましたが、「日下部太郎」さん、半目になってしまいましいごめんなさい。そして「グリフィス」の人間関係図を見ると幕末の福井藩重要人物とほぼほぼ関係があるのが分かります。また、この建物では日本初の"クリスマスパーティー"がひらかれたかも?しれません。明治四年においても未だキリシタン禁制が日本中に掲げられており、クリスマスもキリストの降臨を祝う行事である以上、宗教的なミサとはいえないホームパーティーであっても日本人が公に参加することはできないはずでした。ところが、グリフィスが明治四年十二月に故郷の家族に宛てて書いた手紙には、彼が福井の自宅で生徒たちと一緒に「愉快で斬新なクリスマス」を楽しんだことがつづられていました。このことからも、生徒、福井藩士などにとても信頼され、強い繋がりをもった先生だった事が分かります。
今回のご紹介は以上になります。この「グリフィス記念館」は入場無料、また近くには福井市のシェアサイクル「ふくチャリ」のステーションもあり、福井駅周辺を観光するのにとても重宝すると思いますので、是非活用してみませんか!もちろん休暇村越前三国もおまちしております。
「グリフィス記念館」 福井市中央3丁目5-4 休暇村越前三国より車で約50分
【公式】ふくチャリ-福井市の電動シェアサイクル