幻の桜?「樫内駒止桜」
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スタッフ名:木村
皆さまこんにちは!
ブログをご覧いただき誠にありがとうございます。
早速で申し訳ございませんが、タイトルの桜は「樫内駒止桜」ではありません・・・。
と言うのは、まだ樫内駒止桜が咲いているのを見たことがないからです。
この駒止桜は、宮古市旧田老町の文化財に指定されている、山の中に3基の庚申供養塔と並んで春にひっそりと花をつけるカスミザクラです。
そろそろ桜が咲いているかな?と思って行ってみても、まだ咲く前だったり、散ってしまった後だったり・・・なかなか見ることができないでいます。
駒止桜の名前の由来となった悲しいお話があります。
江戸末期、花街として賑わっていた鍬ヶ崎に「高島屋」という廓があり、そこに「利世」という美しい遊女がいました。利世は江戸から三陸の俵物を仕入れにくる若い御用商人と恋仲になり、二人とも年に1、2回の再会を心待ちにしていましたが、利世は胸の病を患ってしまい、郷里である樫内村古田の家に戻り静養しましたが、治療の甲斐なく19歳という若さで生涯を終えました。
翌年俵物を仕入れるため鍬ヶ崎に立ち寄った若者は、利世の待っている「高島屋」へ登楼しました。すると「利世は病のため実家の樫内村へ戻っている」と聞かされ、若者は急いで馬を走らせ樫内へ向かいます。しかし利世の家もわからない若者は樫内村で途方に暮れました。
そんな時若者の馬が桜の木の下で一歩も動かなくなります。
困った若者は樫内村の老婆に利世のことを尋ねると「利世は私の娘で去年亡くなった。墓はその桜の木の下にある」と教えられたといいます。若者は愛しい利世を想い桜の木の下で泣きくずれました。
その後村人たちは、利世の愛が馬の足を止めたのではないかと語り継ぎ、以来桜は「駒止桜」と呼ばれるようになりました。
物語が約200年前のことなので木の寿命はそれ以上かと思われますが、昭和36年の「三陸フェーン大火」で被害を受けた後、焼けてしまった幹から驚異的な生命力で再生した小さな木です。
山の中でひっそりと咲く桜を今年こそは見てみたいですね。🌸🌸