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2020.11.07

世界が注目する東北旅!  ~桧原湖北部周遊の魅力~

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スタッフ名:高梨

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 豊かな自然、文化遺産、食、温泉、おもてなし、東京からのアクセス利便性などで、英語による旅行ガイドブックのシェア世界一のlonely Planet社が行った「ベストinトラベル2020・地域編」ランキング第3位に、「東北」が選ばれました!!!
 (第1位は中央アジア・シルクロード、2位がイタリアのマルケ州)
 
 震災から10年、東北復興に向けた取り組みもあって、東北の魅力が世界に浸透した結果がこのような形で認められ、とても喜ばしく思います。

 裏磐梯で東北らしさを味わうとしたら、桧原・金山・早稲沢地区の桧原湖北部の周遊が、磐梯山噴火前の古い裏磐梯の姿に触れることができお薦めです。ここは車道が湖岸線のごく近くを走るため、ドライブやツーリング・サイクリングに好適で、その道すがら、多くの名所史跡をめぐることができます。のんびりゆっくり巡っても半日コースです。(湖一周でも30㎞位です)
 11月5日に取材に回りましたが、4日には初雪もあり、湖畔はすでに晩秋の様相でした。

 
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    桧原湖北端の金山から見た磐梯山(2020.10.18撮影)

 桧原湖は南北に長く約10㎞あります。東西は1~3㎞位です。
北端まで来ると、さすがに磐梯山は遠く感じます。湖中の堂場山半島に一部隠されます。

 巡り方としては、桧原湖を反時計回りに回った方が磐梯山方面の景色は良好ですが、ここでは順不同に拠点となるポイントを中心に紹介します。

まず、「会津米澤街道・桧原歴史館」を訪ねましょう。桧原湖北端の金山地区にあります。  
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昔の検断屋敷を利用したもので、・・・
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  実は、「会津山塩ラーメン」の超有名店も兼ねているのです! (とても美味しいです!)

  館内には噴火により湖底に沈んだ桧原宿のジオラマや、鉱山で使われていた道具、会津芦名家
 と伊達家の戦いの経過などが展示されています。
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 ジオラマのうすい水色の上が現在の湖岸線で、下が湖底に沈んだ集落です。拡大写真の右側の赤い色の建物が、有名な大山祇神社で、今も道路わきの湖岸にあります。

 桧原は、米澤街道(米沢では會津街道の名称)の宿場町でした。米が取れない高冷地でしたが、江戸時代~昭和初期まで採掘した金銀山があり、一時は「檜原千軒」と言われたほど鉱山で賑わっていました。
 次の写真の、湖の中、右側の糠塚島は、鉱山の賑わいで多くの人が贅沢に食べて出た米ぬか捨て場が島になったとの言い伝えが残っています!(すごい話です。本当か?!)
 
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 また山形・長井藩の伊達輝宗・政宗父子が領地拡大のため三度も会津侵攻を掛けたもののその都度、勇敢な会津の穴澤一族により撃退されました。その後の四度目の侵攻では政宗の知略により一時期伊達家の領地となりました。こうした激戦地が、まさにこの地、桧原です。
 下の風景写真左の、不等辺三角形の低い山の山頂に、伊達政宗が建てた完成度の高い山城、小谷山城の土塁や堀が今も見ることができます。写真右の黒く写っている堂場山には、以前、会津穴澤一族の巌山城があった所で、現在の湖を挟んで、今も両者がにらみ合っているかのようです。
 
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 五輪の塔は、会津・桧原穴澤一族の墓で、いったん湖底に沈んだものが運び出され、桧原温泉、湖望湯の近くに今は鎮座しております。

 地図の看板は、伊達政宗の小谷山城址のもので、金山と早稲沢の間の道路沿いに入り口と解説版があります。
 

 その後、明治の磐梯山の噴火による檜原湖の形成により一部の坑は水没し、鉱山としての歴史は閉じられます。金山集落の中にある精錬所跡は村の文化財に指定されており、坑口は今も山のあちこちに残っています。
  
 
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 次の見どころとして、湖の中に取り残された、桧原宿の守り神、大山祇神社の鳥居があります。

 神社自体は、ぎりぎり水没は免れましたが、神社までの境内の杉並木の切り株と鳥居が一基、水中にあり、水位が低い夏以外の季節は鳥居の一部または全部が水面上に現れます。

 まさに、「裏磐梯の歴史と自然環境の大変容」の象徴ですね。
 
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 鳥居の中に見える杉木立の切り株のそのまた先、湖の中に見えるのが、下の鳥居の一部です。水位が一番低くなる春先には、鳥居の全体が姿を現します。

 ここに降りるには、車道わきに「史跡桧原宿場跡」の表示がある所のガードレールの切れた所から下ります。
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 また、神社周辺そのものが金銀山であったので、今、神社周辺の湖岸に残る石には、いかにも金鉱石のような石英脈のはいった白い岩石がかなり散見されます。なかには、小さいですがぴかっと金色に光る粒も、運が良ければ見つけられます!
 
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 一方、檜原湖の北東岸に位置する早稲沢地区は、宿場町の歴史と同様に古い、木地師や熊打ちの歴史をもつ集落です。その子孫の現在の住人たちは、山人の文化を受け継ぎつつ、高品質の高原野菜の生産地として、豊かな温泉をもつユニークな民宿村として、駅伝などの長距離走で日本を代表する大学・高校等のの合宿の里として地域を作り変え、新しい時代に生きております。
 
 
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    まさに山紫水明の「早稲沢」(5月撮影;バックの高峰は吾妻山系の西大巓1982m)


 以上、紹介しましたが、位置関係は、次の地図をごらんください。

 
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 また、当時をしのびつつこの地を散策するのに、格好の探勝路があります。

「堂場山どんぐり探勝路」、「桧原歴史巡り・金山浜探勝路」、「吾妻川渓流探勝路」です。どうぞ利用ください。
 探勝路情報は、裏磐梯ビジターセンターのホームページが詳しいのでそちらをご覧ください。




 
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 東北はどこも、豊かな自然とそれに調和する郷土色豊かな文化、飾らない素朴さ、人の心をほっとさせる空気がただよい、加えて美味しい食・ご飯・お酒、魅力的な温泉などが色どりを添えます。東北最南県の福島にある裏磐梯も、東北らしさにあふれています!
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